45歳から神職になった男・神職社長 川辺徹の本気ブログ

中学二年生から神主に憧れ、六十歳になったら神職になろうと計画してきました。それが、結婚式・神前式のお手伝いをすることになり、予定より15年も早く神社庁より権正階と言う位を頂きました。私は、神道を宗教としてでなく、日本の美しい文化、生活習慣、作法と伝統として また日本人が自然と共存し、神を感じ感謝し、怖れそして祀り、生きていく美しさを世界に発信したい。
 神社や神道を勉強したい一般の方に、一般の方の目線に立ち、ご紹介できる立場になりたいと思います。
普段の生活において、手を合わせ、感謝できる時間と空間を持つことが、人間としての成長につながり、良きご縁を頂けることだと思います。!

大阪・天満橋、東京・新宿、ホテルシーサイド江戸川、新宿プリンスホテルにおいて結婚式のプロデュースをしているブレスアスオール。

東京の店舗を運営する株式会社BUAホールディングスの代表取締役 川辺徹です。

東京では品川神社、居木神社、芝大神宮、赤坂氷川神社、湯島天神、赤坂豊川稲荷など、都内18の神社仏閣での結婚式をお手伝いし、大阪では御霊神社や大阪城内にある豊国神社での撮影などもお手伝いしております。

そして平成20年、品川神社の宮司との出会いが転機となります。
「そんなに熱い思いがあるなら、神職になれば」
という宮司の言葉に触発され、平成23年に大阪國學院の受験。
平成25年4月卒業を迎え、45歳にして神職となりました。

 

紳士服工場縫製ライン

先日大阪に出張した際、久しぶりに弟が管理する紳士服工場 マーキング

大阪の紳士服工場に行ってみた。

あああ、懐かしい!

社会人になり、就職し

27歳の時に、父の経営するアパレル

に戻った、その時に最初に配属になったのが

生産部でした。 当日は、紳士服略礼服を

年間約30万着を縫製、生産卸をしていた

アパレルでした。京都の淀と福岡の南の方に

自社工場を持ち、国内生産。紳士服工場 裁断

その他の国内協力工場、海外中国協力工場に

おいて、それぞれ15万着づつ生産していました。

 

生産部の仕事は、原価計算、と主に、パターン

紳士服の略礼服にも流行が少しあり、

ラペルの幅や生地(素材)の黒さ、

裏地の素材、ボタン、芯地の研究

原価計算の中には、1生地の原価、メーターの原価に紳士服工場 型紙

なりますが、そこに1着縫製する際の用尺が必要に

なります。用尺は、当時CADやCAMにおいて、

マーキングをして、用尺の最も効率の良い裁断の

方法を考えておりました。写真のような、手で

パターンを入れて裁断するのは、柄物の時

上着のポケットとその蓋が柄の続きになるように

裁断時に気を使いました。。

紳士服工場 縫製

また、ボタンや芯地は本当に大切な附属です。

紳士服のファッションの流行から、

ダブルが流行から、シングルの3つへ

 

様々な流行の流れの中から、パターン型紙の

研究、そして、その型紙に合う、縫製の研究

縫製する際に、室内の気温と湿度によって生地が

動き、安定させる湿度を研究して、工場で

縫製していました。

 

紳士服の物作りは、それらすべての研究からによるもの、とても懐かしく、

楽しい、厳しい時間でした。

現在は、弟の会社のスタッフがそれらを父の会社から引き継ぎ継続

してくれています。

 

 

コメントを残す

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>

post date*

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)